川崎中1殺人事件で思ったこと

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ワタシは、ニュースとか時事についてここで書くことはほとんどないのですが、今朝ニュースを見ていてちょっと思うところがあったので書いてみようと思います。

2015年2月20日に神奈川県川崎市の河川敷で中学1年生の少年の遺体が発見されたこの事件にワタシは大きな衝撃を受けました。しかも、犯人のその残虐さ、陰湿さ、身勝手さに激しい怒りを覚えた人も多いことと思います。しばらくたって、逮捕されたのはどれも未成年の少年たちでした。

そんななかで、「少年法」の改正を訴える声、またその改正を否定・避難する声、警察の対応を揶揄する声、教育現場や保護者等被害者をとりまく人々に対する声等、さまざまな声が飛び交いました。

ワタシの職場でもこの事件についてちょっとした議論のようなものが交わされました。自分の周りでもそういう話題があがったという人もいるのでは?

さて、この事件を受けて考えるべきことは「この事件からワタシ達は何を教訓とし今後どう対応していくべきなのか?」だと思うのですが、ワタシはそれ以前に、「教育」を見直すべきだと感じました。

真に人を育てる「教育」とは?

以下、あくまで素人の意見ですのでそれでもかまわないという方のみ御覧ください。

ワタシは、自分が育ってきた環境にすごく感謝しています。学校でも、コンビニでも、塾でも、周りの大人たちがいつもワタシ達子供を「見て」くれていました。あいさつをすればニコニコ返してくれ、一人でトボトボ歩いていたら声をかけて気にかけてくれる。自分の両親はもちろんのこと、他人である地域のおじさんやおばさんも悪いことをすればちゃんと「叱ってくれる」大人がいました。その甲斐あってなのか、ワタシが通っていた小学校、中学校は周りの地区と比べてもかなり平和な学校でした。学校の先生も、どんな生徒にでも「悪いことは悪い!」としっかり叱っていました。

こんな話をしていると、ワタシがすごく古い人間なのではないかと思われるかもしれませんが、そこまでではありません。まだ20代です。

よく「昔は、大人みんなが子供を育てていたけど今ではね」みたいな話がありますが、本当に時代のせいなのでしょうか?

ワタシは、大人になった人間の意識次第だと思います。

良い、悪いはワタシはわかりませんが、成人を過ぎても尚、10代のような遊び方やふるまいをする人がいますよね。10代のようというのは遊びの種類ではなく、

・夜に町をウロウロしてみたり

・盛り場で大きな声で騒いでみたり

・他人に対して威圧的な態度をとる

・滅茶苦茶なふざけ方をする

・自動車や単車で周りに迷惑となるような走り方をしてみたり・・・

未成年ができるかどうかは別として、やることの質が10代のそれと変わらないのではないかと思います。

さらに、成人をすぎ、結婚し、子供ができても尚、そういう「遊び」がやめられない人もいます。

これを見た子供たちはどう思うでしょうか?

何もかも真っ当に生きることがすべてとは思いませんが、大人として良識に欠けるような行動は子供たちに悪影響を及ぼすと思います。

正しい見本となり、ちゃんと子供を叱り・誉め・育てる環境を

大人が正しい見本となり、我が子も人の子もちゃんと悪いところがあれば叱り、良い行いをしたのであれば誉め、守り育てていく環境が今回のような悲しい事件を防ぐことになるのではないかと思います。

学校でも、地域でも、悪いことをしても何となく見逃されている子がいますが、みんな平等に善悪を教え、叱り誉めていかないといい人間など育つはずもありません。

悪いことは悪い!たとえ、誰の子であっても。

少年法はなんのためにあるの?

少年法の改正を願う声が今回多いですが、ワタシも少年法改正に賛成です。「判断能力が大人に比べて劣っているから完全に大人と同じようには裁けない」「これまで育った環境の影響なども考慮し今後、更生し社会人として生きていけるように保護し・・・」

なんてことを他のサイトで書かれていたのですが、

手、足を縛り、カッターで何度も刺す行為がどれほど残忍で危険かが10代後半の人間に判断できないと思いますか??

事の次第によっては少年法は適用されるべきなのかもしれません。しかし、子供たちが「少年法」を盾にできるような社会には絶対になるべきでないと思います。少年でも、なんでも、悪いことは悪い。場合によっては然るべき裁きを受けるべきだと思います。年齢にかかわらず場合によっては極刑も辞さないぐらいの考えが必要かもしれないですね。

「勉強だけ」できる人間はロボットと変わらないんじゃない?

よく、進学塾にいれて勉強させ良い学校に入れさえすれば必ず良い人生が送れるとなかなかかわいそうな考え方を持たれているお父さんお母さんがおられますが、正直に言うとワタシは、「馬鹿じゃないの?」と思います。

ワタシの周りでも、「県下1番の偏差値の高校に入れなければ、まともな人生は送れない」と言っていた女性(2人の娘さんがいます)がいました。勉強することが大切なことは変わらないのですが、「勉強さえできればOK」「勉強ができなければダメ!」という考えを持つ親御さんが今も尚たくさんいるのではないでしょうか?

社会に出て働いて思うのですが、別に普通レベルの知識や教養があれば会社での仕事は覚えさえすればこなせます。それよりも、道徳心・倫理観のない人間はどんなに勉強ができても優秀であっても、会社側から「アナタはうちには必要ない」といわれることだってあります。

社会でも同じじゃないでしょうか?

子供のころはまかりとおっても、大人になれば道徳心や倫理観の無さは確実に周りの人間から突き放される対象となりますし、それは子供にまで影響することもあります。

人を殺めたり傷つけたりして何も思わないのであればそれはロボットと変わりません。何も思わないから加減を知らず、殺すところまで行ってしまうのではないでしょうか?

みんなで支えあい思いやる社会となるべき。子供たちを皆で育み愛し、善悪をはっきりさせ、一人ひとり思いやりの気持ちを持った人間が育っていけば、世の中もうちょっと良いように変わるかもしれないですね。

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